随想と雑記

映画 「ニーゼと光のアトリエ」

 

比較的長生きだった曽祖父が芸術家だったこともあり
幼い頃から、絵や芸術的な作品に触れる機会が多かったと思います。

小学校低学年の時に曽祖父は亡くなってしまいましたが、器用な手から作品が生まれる感動は、今でも忘れられません。

残念ながら、私も含めて曽祖父の才能を受け継いだ親戚はおらず、芸術的な職業に就ている人はいません。
だけど、アートから何かを感じられる感性的なものは、少しは受け継いだのかなって思います。

そんなこともあり、休日の過ごし方として美術館に行くのが1つの選択肢に挙がるくらいには、アート好きな大人になりました。

大人になった私は、精神障害に携わる仕事を選びました。

嫌になることもあるけど、精神障害に携わる今の仕事は、好きだなって思います。

アートと精神障害に携わる仕事。

どちらも「正解がない」ということは共通していると思う。

そんな2つのテーマを題材にした映画があります。それが「ニーゼと光のアトリエ」です。

私が最も影響を受けたと言っても過言ではない映画です。
精神障害に携わる仕事をしている人には是非、観てほしいです。
もほや、全人類に観てほしいくらい好きなんですけどね笑

だけど、とりあえずは、この記事を読んだ人が興味を持って観てくれることを目指して
書いていきたいと思います。

 

 

 

大まかなあらすじ

(C)TvZeroより

 

1940年代
ブラジルの国立精神科病院舞台にした映画です。

物語りはその病院の医師として働き始める
ニーゼ・ダ・シルヴェイラが病院を訪れるところから始まります。

ニーゼは実在の人物です。

当時は非人道的な精神疾患への治療が一般的でした。
映画のシーンでも強力な電気ショックで患者を治療するシーンがあり、心が痛みます、、

そんな非人道的な治療の最たるものが「ロボトミー手術」

ニーゼは、そんな治療が横行していた当時の精神科医療に疑問を持ち、革命的な治療を実践していきます。

 

ロボトミー手術とは

そもそも、ロボトミー手術とはどういったものなのでしょうか

ロボトミー手術とは

前頭葉の一部を除去して、精神疾患を「治す」手術です。
「治す」ことが目的なので
幻覚やヒステリー、ひどい抑うつなどの症状は消失します。

ロボトミー手術を受けた患者は、確かに精神疾患が治ったように見えました

だけど、それと同時に感情が全くなくなってしまいます。

現代では、前頭葉は感情を司る部位であることは、医療の知識があれば常識です。
それを除去して、精神疾患が「治った」と定義するのは、あまりにも暴力的な考えだと認識できます。

しかし、ロボトミー手術を確立したエガス・モニスはノーベル賞を受賞しました

今では、受賞が不当だとして、手術を受けた患者の家族が受賞取り消しの活動をしているようです。

実際に、1975年頃から人道的な問題が多すぎる点から、ロボトミー手術は全く行われなくなりました。

当たり前ですけどね。

 

そんな、非人道的なロボトミー手術。
そんなものを「治療」として行われていた時代があったなんて、信じられません。
しかし、映画の舞台となった病院には
ロボトミー手術を有効な治療法として信奉している医師ばかりでした。

これはおかしい!と異議申し立てするニーゼ医師。
しかし、保守的な医師たちは、そんなニーゼの意見なんて、全く聞き入れませんでした。

むしろ、そんなニーゼを嘲笑するような医師ばかりでした。

厄介者にされたニーゼは、ロボトミー手術などの外科的な治療は行わない
作業療法を主に行う部署に配属されます。

 

病棟がアトリエに

作業療法(工作などを通して、精神疾患の治療をする方法)と言えば、ロボトミー手術とは対極的な治療法のように聞こえます。

しかし、ニーゼの配属された病棟は、特に作業らしいことはせず
ただ床に患者が寝転がっているだけの病棟でした

これでは、治療らしいことは出来ないと考えたニーゼ
まずは病棟を掃除をするところから、ロボトミー手術への闘いは始まります。

 

掃除が終わり、いよいよニーゼの治療が始まります。

患者の中に自らの便で壁に絵を描く患者がいました。
それに対して、病棟のスタッフは患者に対して激しく叱責します。
しかし、その叱責を止めるニーゼ。

そのまま、患者の思いのままに絵を描かせ続けます。

そして、その光景を見たニーゼは
病棟をアトリエにし、患者たちに絵などの作品を作ることを提案します。

普通だったら、便で絵を描く患者に対して、それをどう止めるかを考えますよね。
だけど、それをアートと捉えて、患者に創作活動を提案するニーゼ。

問題行動を「問題」と捉えずに解釈するニーゼの考え方の暖かさに感銘を受けます。

そして、常識に捉われないアプローチで治療に取り組む姿勢には、同じ精神障害に携わるものとして、希望を感じさせます。

映画の見どころとして、挙げられると思います。

 

精神の自然治癒力

 

有名な精神分析医のユングの言葉をニーゼが引用していました。

「精神にも自然治癒力がある」

私も、この言葉には深い共感を覚えます。
風邪をひいても、2〜3日寝ていれば、健康な人間なら自然と治るものです。
それと同じで、精神を病んだとしても、自分の力で治癒させることができると思うのです。

だけど、その精神の自然治癒力は、閉鎖的な病院では、発揮されないと思うのです。

映画の冒頭では、言い方は悪いですが廃人のようだった患者たち
きっとそのまま、どれだけ時間が経っても、精神的に回復していくことはなかったでしょう。

だけど、ニーゼの治療の元で、患者たちは人間らしさを取り戻していきます。

人間らしさを取り戻していった患者たちは、森に出かけます。
病院という閉鎖的な場所から、自然豊かな森に出かけるシーンも印象的でした。

そこで、木漏れ日を見上げる患者たち
私たちも自然の中では、言い知れない安心感に包まれることがあると思います。

その、何とも言えない感覚を味わう患者たちの描写が、とても素敵です。

こうやって、自然の中にいるからこそ、人間は人間らしく自ら回復していく力を発揮できるんじゃないかなって思うのです。

これも、映画の見どころの1つです。
映画が好きすぎて、見どころを挙げればキリがないんですけどね笑

 

筆とアイスピック

 

ロボトミー手術には、アイスピックが使われていました。
アイスピックを使って脳の一部を除去するなんて、改めて非人道的だなと思います。

そんなロボトミー手術を信奉する医師たちに対し、ニーゼが放った言葉が心に残っています。

 

 

「私の道具は筆です。あなたのはアイスピック」

 

 

これ以上に、この映画を象徴している言葉はないと思う。
そして、これ以上に私の心を動かした言葉は、他にありません。

私が何かを語るよりも、実際に映画を観て、この言葉を感じてほしいなって思います。

 

 

ニーゼの言葉

(C)TvZeroより

最初にも言いましたが、ニーゼ・ダ・シルヴェイラ医師は実在した人物です。

私は映画でしかニーゼを知ることが出来ません。
それだけで、ニーゼのことを称賛するのは、もしかしたら不用意なことかも知れません。

 

だけど、ニーゼがロボトミー手術の非人道性と闘っていたことは、確かなことなのだと思います。

そして、その功績は、計り知れないものだと思います。

 

映画の最後に実物のニーゼが人生について語っているシーンがあります。

映画に登場した実物のニーゼは、すでに歳老いていました。
だけど、その表情と声には、人生をかけて闘った1人の人間の威厳が感じられました。

そして、ニーゼの語った人生論

 

 

「自分の人生をどう生きるか、時代のために、どう闘うか」

 

 

非人道的な精神科治療と闘い続けたニーゼの言葉

ニーゼの闘いの上に築かれた現代の精神科治療に携わる者として
心に刻んでおきたい言葉です。

 

その時代に生きる人間の役割

ロボトミー手術に批判が上がった時代
その時代に生きる人たちの役割があるのだと思う。

ニーゼは、その時代に生きて、その時代の重要な役割を担って闘った人なのだと思う

ロボトミー手術が主流だった時代から、向精神薬が開発されて、時代はまた変わった。

だけど、薬だって副作用はあるから、それもそれで問題点はある。

だから、まだまだ精神科治療の進歩をする必要はあるのだと思う。

それが、ニーゼの行った芸術療法も1つの解だと思うし

私が現在、働いている
「グループホーム」という場所で精神科治療を続けていくことも
1つの解なのかなって思っています

2020年代を生きる私たち。
ニーゼのように大それたことは出来ないかも知れないけれど
この時代に生きる自分なりの役割があるのだと思って
生きていきたいと思います。

引用も多いし、ネタバレの要素も多い記事になってしまったと思います。
だけど、この映画を観た論評的なことは書きたくありませんでした。

エピソードがどうこう、というよりも
感覚として捉えるべきシーンが多いので、私のネタバレなんか気にせず
ぜひ実際に映画を観てほしいです。

たくさんの名言がニーゼから発せられて、そのどれもが患者思いの素敵な言葉です。
全部紹介したいくらいなんだけど、最後に私の大好きなセリフを紹介させてください。

 

 

「科学が味方をしなくても、芸術で世論を動かせばいい」

 

 

ロボトミー手術の論文をノーベル賞は科学として認めた。

ニーゼの治療法は、決して科学的に認められるものではないのかも知れない
だけど、確実に世論を動かした。

 

いつだって科学が正しい訳じゃない

アートの力は無限大

 

本当に素敵な映画です。
この記事をきっかけにして、映画を観てくださる人がいればいいなって思います。